おもいで 黒いスーツを着た男が砂浜に座り、 軽い海風を受け海を見つめている。 空は曇り空、海は穏やかだ。 男は傍らに置いたワインのビンを取り一口飲む。 気がつくと隣に黒い服を着た女が立っていた。 男は驚くわけでもなく、また海に視線を戻す。   女「何飲んでんの?」 男はワインのラベルを女に見えるようにする。   女「これ料理用のヤツじゃん」   男「しょうがないだろ、これしか無かったんだから酒が」   女「あんた料理すんの?」   男「彼女がね、よく作ってくれたんだよ」   女「"た"って何?別れたの?」   男「死んだんだよ、先週。」   女「もしかして病気で死んだあの娘? あゆみちゃん だったっけ?」   男「そうだよ。なんでそれ知ってるんだ…」 男は女の正体に気付いて言うのをやめた   男「そうか、お前…」 女はうなずき、少し笑った。   女「どんな娘だったっけ?写真とかある?」   男「ほら」 男はスーツのポケットから写真を一枚取り出した。   女「そうだこの娘だ。結構かわいいじゃん。」   男「ありがとう」   女「これって、ここ?」   男「そう、よく来てたんだ、二人で。」   女「へぇ、いいとこだよね」 男は軽くうなずいた。   女「だから、ここなんだ」   男「それもだけど、一人暮らしのアパートとかだと、ね…」   女「そうだね。ここなら一日に一人ぐらいは通るか」 そう言いながら女は写真を男に返す。 男はまた一口ワインを飲むと立ち上がり ズボンのポケットから黒いネクタイを取り出す。   男「結んでくれる?俺これ苦手でさ、あゆみの葬式の日も兄貴にやってもらったんだ」   女「分かった、やってあげるよ」 そう言って女は男のネクタイを結んでやる。 結び終わると男はズボンについた砂を払い落とし、服のシワをのばし身なりを整える。 女はずっと持っていた黒い傘を開く。   男「待たせてごめんね。忙しいの?今は」   女「今の時期はそうでもないよ。夏は忙しいけど。ほらセミがいっぱいね…」   男「なるほどね」 男はもう一度海を見つめると ポケットから拳銃を取り出し、弾が込められているのを確認し、 自分の頭を撃ち抜く。 終