全体企画2007



『雨月幽霊』


オープニング。
雨の道路。
走る自転車。
女の子がいる。顔は映らない。
女の子「あ、先輩、おはようございます」

シーン1。
サークル棟。
雨。
バンドの演奏。
喧騒。
楽しそう。

3階。
ベンチに座っている男(A)と天使(B)。

どんよりとした空をバックに、タイトルが浮かび上がる。

(ここから回想シーン)
ブレーキ、そしてクラッシュ音。
倒れてからから回る自転車の後輪。その横にA、倒れている。
ドライバー「お、おい、大丈夫か!」
助手席「なんだよこいつ、急に飛び出してきやがって」
ドライバー「とにかく救急車だ!」
助手席「お、おう!」

音と画、消える。
A(モノローグ)「おれが死んだ日も、こんな天気だった」
(ここまで)

A「よそ見してはねられたんだから、自業自得だよな。…だから、運転してた奴をうらんでるわけではない」
B「うん」
A「更に、この世に未練もない」
B「うそ?」
A「ごめん、嘘。…だけど、そんなに後悔も何もないんだよ」
間。
A「(Bの方を向いて)なのに何でおれ、ユーレイのままなんだろ?」
B「んー…わかんない」
二人、しばらく考え込む。
B「…本当に後悔も何もないの?何かやり残したこととか」
A「いや、特に無いんだよね」
B「将来の夢とかは?」
A「なーんにも、ない」
B「堂々と言うな。…うーん、じゃあなんなんだろう?(おどけた調子で)…ホントにうらんでないの?」
A「ホントだよ!」
B「冗談だよ冗談。でもホントにわかんないなあ…」
間。
A「(間髪いれず)おはよう」
B「は?」
A「おれが死ぬ前の最後の言葉。(立ち上がって)おっはよーーー!」
B、「なんだコイツ」的な目でAを見る。
A、座る。
A「…なんでかわかったよ」
B「何?」
A「おはようだからだよ」
B「…え?」
A「おはようって挨拶したらさ、すごく一日がんばるぞーって気になるよね?だからだよ」
B、意味がよくわからず困った顔。
A「その日のエネルギーを使わずに死んじゃったから、エネルギーを使い切らないといけないんだよ」
B、なんとなーくわかった様な顔。
B「でも、どうやってエネルギー使い切るの?」
A「(立ち上がって)走る!」
B「は?」
(BGM)
A、勢い良く走り出す。
サークル棟を抜けて、講義棟へ。講義棟を抜けて、…
誰もAに気づかない。誰もAを見ない。誰もAに声をかけない…。
(BGM終わり)
A、疲労困憊の状態でベンチに戻る。
B「エネルギーは使えた?」
A「つかれたーーーー!」
B「…成仏できそう?」
A「無理!」
B「(呆れたような感じで)そりゃそうだ…」
間。A、呼吸をととのえる。
A「あのさ、おれが死んでから、どのくらい経ったっけ?」
B「(手帳をバッグからだして)えーと…1年だね」
A「1年か…」
B「正確には1年と11日」
間。
A「さみしいな」
B「え?」
A「もう誰もおれに声かけてくれないし、誰もおれに気付かないし」
B「まぁ、ユーレイだからしょうがないけどね」
間。
B「もしどうしてもさみしいんだったら、話し相手になるよ?」
A「でも、仕事忙しいんじゃないの?こないだ言ってたじゃん。自殺して成仏できないオッサンの相手しなきゃならないって」
B「うん。汗臭いし息臭いし禿げてるしでもう最悪」
二人、少し笑う。
B「まあしょうがないよね。仕事だし」
A「仕事だし」
B、少し悲しそうな顔。
A「でも、ありがとね」
B「え?」
A「死神さんと話してると、少しホッとする。仕事でおれと話してるんだとしても、すごく感謝してる」
B「何度も言うけど、私は天使です。…うん。…どういたしまして」
間。
A「(立ち上がって)さてと」
B「どこ行くの?」
A「もうちょっと走ってくる」
B「また?」
A「うん。死神さんも仕事ちゃんとやれよ」
A,走り出す。
B「だから天使だっつーの!」







シーン2。
(BGM)
町中を走るA。大学を出て、住宅街、ビル群、駅へと。
楽しそうな声と車のエンジンと風が一緒くたになって聞こえる。
でもAは、ユーレイ。誰も気付かない。誰も声をかけない…。
(BGM終わり)
ペデストリアンデッキの真ん中に立つA。気づかず通り過ぎていく人々。
Aの体をすり抜けるカップル。
A、その場に座り込む。
A「おはよう。…おはよう。…おはよう!」



シーン3。
雨はもう止んでいる。夕暮れの河川敷。
A、疲れた表情で芝生に座っている。
やがてC、隣に座る。
A、驚いてCの方を見る。
C、ゆっくりとAを見る。
C「こんにちは」
A「あ、…こんにちは」
間。
A「あの…見えるんですか?」
C「え?」
A「見えるんですか?…おれが」
C「?…はい。見えますよ」
A「え、なんで…」
C「?」
A「あ、なんでもないです」
間。
A「どうして、こんな所に一人で?」
C「…友達の家に行ってきたんです。その帰りに、あなたを…えーと、お名前は?」
A「Aです」
C「Aさんですね。偶然Aさんを見かけたので」
A「なるほど」
間。
C「一周忌だったんです、今日」
A「え?」
C「友達の」
A「…亡くなったんですか」
C「ええ、自殺してしまって」
間。
C「あの子、好きな人がいて、…でもその人、死んでしまったんです。だから後を追って」
A「そうなんですか…」
C「バカですよね。…いくらその人のことが好きだったからって、死んだらなんにもならないのに」
間。(ここは長めに!)
A「でも、…うらやましいです」
C「え?」
A「誰かのために、そこまでできるなんて」
C「…そうですか」
A「おれ、誰かを好きになったりとか、そういうの無かったんですよね。今まで」
間。
C「ちょっと、歩きませんか」
A「ええ、いいですよ」
C「じゃあ行きましょう」
二人、立ち上がって歩き出す。

シーン4。
(音楽)
シーン2で、Aが走り抜けた道を戻る二人。
C「Aさん」
A「はい」
C「さっき、誰かを好きになったことがないって言いましたよね。本当ですか」
A「…好きっていう気持ちなのかどうかはわからないんですけど、」
C「はい」
A「一度だけ、あります」
C「…よかったら、教えて頂けませんか」
A「…」
C「あ、…ごめんなさい」
A「いや、いいんです。そんな大したことじゃないし、…多分、勘違いだと思うし」
間。
C「(立ち止まって)あの、Aさん」
A「(立ち止まり、振り向いて)はい」
C「…私のこと、覚えてますよね?」
A、Cから視線をそらす。
Cの体をすり抜けてゆく通行人。
A「(再びCの方を向いて)…!」
Aの記憶のフラッシュバック。冒頭の女の子の顔が浮かぶ。
A「え…じゃあ…」
(音楽止まる。)


シーン5。
大学構内。青空。
いつもと変わらぬ平和な光景。
カップルDとE、歩いている。
D「(立ち止まって)あ、」
E「どうした?」
D「見えた」
E「また?どの辺り?」
D「(指差して)あのベンチ」
ベンチには誰もいない。
E「…おれには何も見えないぞ」
D「初々しいカップルのユーレイだよ」
E「へー」
D「もうすぐ成仏できるみたい。お互い、長年の想いが実ったから」
やがて、チャイム。
E「あ、やばい、急ごうぜ」
D「うん」
二人、走り出す。

別の方向からB、やってくる。電話をかけている。
B「だからもうあんなオッサンこっちによこさないでくださいよ。私もう耐えられません。…え?何が耐えられないって?息ですよ息!あと汗!もうくっさいのなんの…」
B、ベンチにいるAとCに気付く。
B、ホッとしたような寂しいような顔。
B「(小さく息を吐いて)しょうがないよね。仕事だし」
少しして、もと来た道を引き返す。
B「とにかくオッサンは止めてくださいよオッサンは!本当にお願いしますよ…」
(さっきの音楽のつづき)
エンドロール。